たいやき

      浪花家総本店

 

 鯛焼きが生まれたのは明治42年(1909)、今年で106年目になります。

この時代、鯛といえば高級魚、とても庶民には手の届かない代物でした。

麻布十番の「浪花家総本店」、初代神戸清次郎はそこにヒントを得て、「たい焼き」

を誕生させました。安価で庶民的でしかも、鯛の形をしていて、『めでたい』。庶民の粋な贅沢、駄菓子の王様 たいやき の歴史の始まりです。

 

実は、鯛焼き1つ作るのも楽ではありません。

一本の鋳物の型を使い、あらかじめ熱しておいた鋳物の型の片方に、小麦粉、水、重曹からなるコナを、薄くほんの少し敷きます。

そして、自家製のあんこを綺麗にのせるのです。そうして再度、あんを包み込むようにコナを流しこみ、もう一方の鋳物の型で挟みこみます。

昔はコークスでしたが、現在はガスを使って熱します。途中片面だけが焦げないように、数丁の鋳物型を器用にひっくりかえしていきます。

このとき、あのカタカタカタと聞こえる、独特なリズムカルな音が発生するのです

さあガスで煽ること5分近く、皮は薄皮のパリパリ、なかの餡子は火傷するぐらいのアツアツのどろどろ、ここに、あの昭和の名曲『およげ!たいやきくん』の歌詞にある『少しコゲあるたいやきさ』の、コゲある鯛焼きが出来上がります。

 

これが明治から平成の世まで、およそ一世紀を生き抜いた伝統の技なのです。

 

 

たい焼きは、庶民の粋な贅沢、心の真情、いつの時代も、鯛焼きのまわりにはあったかい心がありました。

 

あったかい、たいやき皆様に

あったかい、心を大切に

 

                     鎌倉浪花家店主 栗原康至